型想い三年

一期一会を大切に

「打ち込む」について考える

大学入って、もうすぐ1年が経とうとして、4月から2年生になる。後輩にやさしくしなきゃね!

今日はまあまあたのしかったけど、家に帰るときから雨が降ってて今も降り続けてる。雨の日はぼーっと考えごとをしてしまって、昼だったら寝るまで落ち着かないし、夜だと考えすぎて寝れなくなる。なんだかなー。

この1年間を振り返ってみて、自分のやってきたことを思い返してみる。多くのできごとがあったけど、果たしてそれでよかった?たのしかったか?しあわせってなんだ?たのしいってなんだ?

この1年間、大学でいろんなことをやったんだけど、大学はすごいぞ。いろんな人との出会いがある。自分とは異なる領域を持った人に出会えるのはなかなか高校やバイト先にはないものだと思った。サークルは面白い。自分が絶対にやらないようなやつ、たとえばテニスやフットサルみたいないかにもな大学のサークルっぽいやつとか。大学入るまであんまり意識してなかったけど、どうもアカペラとかもサークルとして成立するらしい。とてもいいことだ。ぼくが関わってこなかったもの、それをやってたりする人に大学というところは一気に出会わせてくれる。それってすごいことだと思う。

もうすぐ4月になるけど、1年前の4月は新歓があったな〜。自分が興味あったとこしか行かなかった。大学に入ったばかりでサークルもよく知らなくて、こんなにいろんな人と関わるのもわからなかった。あのときもっといろんな新歓に行ってたら違った自分を見つけられたかもしれないよね。仮定で物を語るのはよくないのわかってても、もしあのときって考えるときりがない。本当に最悪。

自分はまだ1年生で就職とかはもうちょっと先の話になってきて、就職活動のことはよくわからないけど、面接はたぶんこんな質問があると思う。

「学生時代に打ち込んだものはなんですか?」

もしこういう質問をされたら、ぼくはなんて答えるのだろう。まだまだ考えることじゃないなとは思いつつも、考えすぎてしまう。本当にこれから先、このまま卒業していいのかな?忙しい研究室に入って、卒論書けばそれでいいの?そりゃ単位取れたり研究して卒論書いたりしたりすれば卒業できるだろうけど、形だけ卒業してもつまんないと思うんだよね。人生の糧になるようなものを得られないと、卒業したということにならないのではないだろうか。勉強したり研究したりすることがすべてじゃないと思うんだよね。

ぼくはいままで、行動が遅いせいでたくさんの失敗をしてきた。何回も後悔した。それって本当に悲しかった。さすがに今となってはまた失敗したくない、次こそはって考えるわけ。で、最近すっごくたくさん考えてることがあるけど、それを行動に移そうと思って、うまくやろうとしてみて、いいところまではいった気がするんだよね。自己評価。だけど、いつもよりペースが早くて、自分でしたことなのにあせる。次はどんな行動をすればいいのかな?って。

4月からの1年間、振り返ってみれば忙しかったと思うし、思い出もたくさんあるし、喜びや悲しみもたくさんある。だけど、今までやってきたことが「打ち込む」に値するかどうかはわからないし、あんまりそうじゃないと思う。夏と秋と冬、要は一年中を通してだけど今入ってるサークルはあんまり「打ち込む」じゃないから打ち込めるようなこと、やりがいを感じること、感動を生むこと、人生にとっていい経験、できるとこないかなと思って、できそうなとこ知って、入ろうかなあって考えたこともある。もう何度もある。何十回とね。そのたびにあそこに入ると忙しいから、バイトをしないと十分に暮らせないからそれって余計楽しくないよとか、そんな理由をつけたりしてこれ以上サークルに入らないできた。

最近考えの変化があった。バイトがあるからサークルに入らないなんてばかばかしい。ぼくが勝手に思ってるだけだけど、バイトより絶対たのしいよ?それにお金なかったら自分だって困るからそのときになったら必死になんとかしようとするし、そういうのいいんじゃないかなと思う。サークルは遊びみたいなもんだと思ってたから、バイトしたほうがいいじゃんって思ってた。遊びじゃなくて、ずっと前から準備して練習して発表したりするとか、全然遊びじゃない。それってすっごくいいと思うよ本当に。気づいたのが遅かったなあ、もう3月になっちゃったじゃん。どうしよっか〜〜〜うーーーん……。

人生は人それぞれ、みんな違った生き方をしていて、みんないっしょなわけない。人に言わせてみればぼくのやっていることは打ち込んでいることとも思われるのかもしれない。だけど、毎日毎日これでいいのかって考えて、悩んで、くよくよする。これでいいのか?行動するなら今しかないんじゃないのか?って思うんだ。だけど、それはとても勇気のいること。普通、やめるのが簡単でやろうとするのが難しいと思うんだけど、今回その逆なんだよね。新しくやるのが難しいけど、やめるのは簡単。気になったサークルに同じ年に入学したみんなと1年遅れで入ってみる。これは大きな挑戦だ。やめるのは一瞬。イメージと違ったりして、嫌になったらやめればいい。そんなんじゃだめ。あの人達は遊びでやってるんじゃない。そんな気持ちで入りたくない。だから、入らないほうがいいじゃんって思う。もうできなくなったことはあきらめつくのが早い。やればできるけどやったら後に引くのが難しいからやらないことはすごくあきらめが悪い。

たぶんあきらめがつくまでこのまましばらくあのサークルへの幻想は続くんじゃないかな。友達もたくさんいるし、みんななかよくしたい。やってることもそこにいる中の人もめっちゃ好きです。これからもなかよくしたいし、大切にしたい。だから、ちょっとした気持ちで入って、嫌になったらやめるっていうのはよくないし、やりたくない。挑戦しないのもまたたくさん後悔するからいやだけど、自分なりに「打ち込む」ものを見つけることができればと思う。これから最高に「打ち込む」ものに出会うことができるだろうか。果たして、人生の糧になるものがあるのか。

たのしいってなに?しあわせってなに?とにかくたくさん考えたら、考えつくしちゃって、今年この2か月ちょっとで昨年の3倍くらい考えてる気がする。つかれたのでおやすみなさい。